I-Method

アウトローとベンチャー

第1部 アウトローの二重性
 第1章 軽油密造シンジケート
  1 不正軽油製造と硫酸ピッチの不法投棄

1−3 不正軽油製造施設


 不正軽油製造は、古くて新しい犯罪である。80年代までは、A重油と灯油を混和し、比重を軽油と同じに調整する方法が主流だった。これを混和油と呼んだ。このままでもディーゼルエンジンは回るが、品質を高めるために、本物の軽油を混和することも行われていた。
 90年代になると、不正軽油を燃料抜取検査で取り締まるために、重油と灯油にクマリンという識別剤(赤い色素)が加えられるようになった。ところがすぐに不正軽油製造業者は、濃硫酸を使ってクマリンを抜く技術を開発してしまった。これを洗浄油、クマ抜き軽油などと呼び、品質も混和油よりよくなった。しかし、濃硫酸を使うようになったために、副産物として硫酸ピッチが発生することになり、その処分が難しく、不法投棄が多発するようになったのである。
 とりわけ2000年以降、軽油密造による脱税事件と硫酸ピッチの不法投棄事件が頻発するようになったのは、デフレによって運送料もコストダウンを迫られ、安価な不正軽油の市場が拡大したためではないかと考えられる。

 不正軽油製造施設は、倒産した倉庫や鉄工所などが転用されることが多く、一か所で長く続けないで場所を転々と移動する。野天の場合には、道路から見えないように万能長城と呼ばれる高い鉄板の塀で囲い、ヘリコプターから発見されないようにタンクの上に自動車スクラップや廃材を乗せたりする。
 不正軽油製造業者や石油流通業者が、原料油や製品油の保管のため、別の場所に地下タンクを設置しておき、夜間にタンクローリーが地下タンクと製造施設を往復するという手口も普通に行われている。  
 不正軽油は、石油流通業者に買い戻されて、正規のガソリンスタンドに出荷されたり、運送業者や建設機械リース業者などの大口需要者に直接販売されたりする。
 軽油密造は、石油元売や石油流通業界の関与なしにはできない構造的犯罪である。小さな不正軽油製造施設でも毎日20キロリットル、大規模な施設では毎日100キロリットルもの原料油を購入する。調達先の業界は当然その購入目的を知っているはずである。
 石油製品の需要には季節変動があり、気象によってかなり左右される。2005年の1月は寒かったが、それ以前の数年間は暖冬が続いていたことから、とくに灯油の在庫がだぶつくことが多かった。余った石油製品はダンピング価格で処分され、それを買い占めた石油流通業者が、不正軽油製造業者に原料を供給している。
 このように不正軽油製造は、石油流通業界の構造に組み込まれてしまっているのである。これは不法投棄が産業廃棄物処理業界の構造に組み込まれてしまっているのと、よく似ている。

 濃硫酸を使うクマ抜き施設の軽油製造工程は以下のとおりである。
 まず原料油のA重油と灯油を1対1で混和する。混和油20キロリットルあたり200リットルの濃硫酸を加えて攪拌すると、クマリンが抜ける。攪拌にはコンプレッサーでエアーを送り込む方法が一般的である。攪拌をやめて放置するとタールと濃硫酸の混合物が200リットル程度沈殿するので、タンクの底のバルブを開いて中古ドラム缶に移す。これが硫酸ピッチである。
 上澄みの油は隣のタンクに移し、中和剤として消石灰、濾過剤として活性炭と白土(酸化アルミニウムの粉末)を加えて攪拌する。これをフィルタープレスで濾過すれば製油となる。見た目には青い色をしたきれいな軽油状の燃料になっている。

 不正軽油の製造は容易で、いくつかのタンクを配管で連結するだけだから、施設の移築も簡単である。大型トレーラーに主要設備を積んだまま稼動させる不正軽油製造キャンプもある。軽油引取税が地方税(都道府県税)であるため、発覚したら県境を越えて逃げるためである。

 タンク、配管、コンプレッサー、フィルタープレス(濾過機)などの設備は、食油などの食品製造施設の中古を使うことが多く、シンプルな施設なら数百万円ですべての機材が揃う。製造施設のほかに大量保管できるタンクやスタンドまで備え、1日100キロリットル製造できる本格的な施設でも、設備投資は1億円程度である。移動式施設では、中古の大型トレーラーが数台必要になる。

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