I-Method

アウトローとベンチャー

第1部 アウトローの二重性
 第1章 軽油密造シンジケート
  1 不正軽油製造と硫酸ピッチの不法投棄

1−1 硫酸ピッチの不法投棄


 産業廃棄物の不法投棄が、わが国の最大の環境問題として取り上げられて久しいが、その中でも特に悪質だとして話題を集めているのが、軽油密造施設から排出される硫酸ピッチの不法投棄である。
 この問題は、日本の環境犯罪の構造を考える上でも、日本のアウトロー組織の構造を考える上でも、さらにはアウトローと癒着する経済、行政、政治の構造を考える上でも、極めて示唆に富む象徴的な事件であり、その背景となっている構造を読み解くだけで、日本のアウトローの世界を一覧できてしまう。
 旧著「産廃コネクション」(WEVE出版)で詳しく取り上げなかった問題でもあるので、最初にこの問題の構造分析を行い、アウトローの視点を考えていく上での道しるべにしたい。

 2004年9月、千葉県富津市の志駒川で、硫酸ピッチの入ったドラム缶52本が、道路脇のガードレールの隙間から崖下に投げ捨てられるという、まれにみる悪質な不法投棄があった。硫酸ピッチは80メートルの真っ黒な滝となって流れ落ちていった。谷底には鮎が遡上する千葉県でも有数の清流があり、一時は川魚の全滅が危惧された。千葉県は手続きを省略して即日代執行に着手し、崖と川底の汚染を除去した。
 全国一の不法投棄多発県という汚名を、数年間に及ぶ対策でようやく払拭できた千葉県だが、硫酸ピッチの不法投棄では、再びワースト1位となってしまった。全国で発覚された硫酸ピッチドラム缶の30%が千葉県に集中している。硫酸ピッチを排出する軽油密造施設も、公式に発表された統計はないものの、全国一千葉県が多いに違いない。千葉県にとっては、不法投棄も軽油密造も、他の都道府県とは桁違いの大問題であり、対応に遅れや不手際もある。新たな硫酸ピッチ事件が起こるたびに慙愧の思いが絶えない。一日も早く硫酸ピッチを全国から一掃しなければならない。

 不法投棄や無許可の保管・中和・輸出などの問題が、全国的な広がりを見せている硫酸ピッチは、軽油引取税の脱税を目的とした不正軽油製造の副産物である。PHが0.5〜2の強酸であることが多く、廃棄物処理法上は通常の産業廃棄物よりも処理基準が厳しい特別管理産業廃棄物となる。
 本来は耐食性のあるケミカルドラムで運搬・保管しなければならないが、軽油密造施設では、耐食性のない中古のオープンドラムが使われるため、倉庫の中に置いておいても1年足らずで腐食してしまう。野積みした場合は、半年も持たない。
 硫酸ピッチは、水と反応して亜硫酸ガスを発生する。ドラム缶内のガス濃度は、致死量の500ppmをはるかに超える1万ppmにも達することがあるので、不用意にふたを開けてガスを直接吸引すると、生命の危険もある。倉庫内に保管された数千本ものドラム缶の内容物を検査する場合、ガスマスクを装着しなければ、刺激臭でむせ返って10分と我慢できない。大量のドラム缶が一度に破損すれば、ガスが周辺地域にも危険な濃度で拡散する。流動性が低いものの、ベンゼンなどの有害物質で土壌や地下水も汚染する。
 したがって、硫酸ピッチを発見したら、ドラム缶が破損する前にケミカルドラムに移し替え、中和や焼却の可能な施設に運搬し、ガスや有害物質の拡散を防止することが鉄則である。

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