I-Method

アウトローとベンチャー

第1部 アウトローの二重性
 第1章 軽油密造シンジケート
  2 不正軽油の構造的背景

2−2 行政の盲点


 不正軽油の製造は組織的な犯罪であり、原料油の調達、不正軽油の製造、不正軽油の流通、硫酸ピッチの処分の4つの段階をそれぞれ別個の組織が担当し、それぞれの組織も複雑な階層が存在する巨大なシンジケートである。
 軽油密造シンジケートは、単なる硫酸ピッチの不法投棄事件ではなく、日本のアウトロービジネスの典型的なモデルとなってしまっている。この犯罪は暴力団の関与なしにはできないし、石油業界のみならず、運輸業界や建設業界とも無関係ではない以上、その背後に政治家がいてもおかしくない。軽油密造問題を根本的に解決する施策がなかなか進展しないのは、この犯罪組織が日本の暗部に相当深く浸透してしまっているからである。
 この事件を、単に暴力団がアウトローの利益をむさぼる悪質な事件と考えてはならない。そこには経済、法律、行政、政治にわたる複雑な構造的背景がある。

 不正軽油製造は、行政の盲点をついた犯罪である。
 軽油引取税が都道府県税であるだけではなく、産業廃棄物の取り締まりも都道府県単位であるため、不正軽油製造施設は都道府県をまたいで移動し、硫酸ピッチの不法投棄も広域的に行われる。広域的な監視能力の不足という盲点をついているのである。
 地域ごとに不正軽油や硫酸ピットの取締りの温度差もある。京都府のように不正経由の製造禁止を命ずることができる硫酸ピッチ条例を制定する自治体から、不正軽油製造は違法ではないと公言する自治体までさまざまである。
 また、資源エネルギー庁(軽油の製造と流通)、環境省(産業廃棄物)、総務省(地方税)、消防庁(危険物取り扱い)、国土交通省(不正軽油の大口需要先である運輸・建設業界)、警察庁(指定暴力団)など、この問題の対応が各省庁にまたがる縦割りの弊害もある。
 とくに不正軽油の製造禁止という抜本的な対策は、業界の利益を代弁する各省庁の思惑の違いがあって、なかなか進展しない。経済産業省(資源エネルギー庁)は、規制緩和の流れに逆らって規制強化することには慎重であり、現行の法律による取締りを徹底すれば十分だという立場だし、石油元売や石油流通の業界が不正軽油製造に構造的に関与していることは全否定している。
 不正軽油の需要者である運輸業界や建設業界を所管する国土交通省も、安価な不正軽油が公然と流通している事実を認めないし、トラック協会などの業界団体に配慮して道路交通法の罰則強化には慎重である。
 安価な不正軽油が運輸業界の利益になっているかというと、そんなことはない。燃料が安いことを見込んでダンプの常用料金(運転手日当、燃料代等すべて込みの白ナンバーダンプの借上料金、無許可運送業の偽装行為として常態化し黙認されている)は、かつて1日4万円だったものが3万円に値切られている。不正軽油の価格が構造の中に組み込まれてしまえば、末端の需要者にはなんのメリットもない。これは過積載の問題でも同じであり、運転手はリスクを負担させられるだけで、メリットは享受できないのである。逆に言うと、末端の運転手のことなど、行政も業界もまったく配慮していないということである。
 対策に積極的なのは廃棄物処理法を所管する環境省、暴対法を所管する警察庁、地方税法を所管する総務省くらいであるため、対症療法の域を出た抜本的な対策はなかなか実現しない。

 不正軽油製造施設の取り締まりは、地方税法、廃棄物処理法、劇毒物管理法、消防法、大気汚染防止法、都道府県の条例など周辺の法令で対応するが、それぞれの規制の観点から問題がなければ手が出せない。とくに廃棄物処理法規制は厳しく、硫酸ピッチの処分を無許可業者に頼んだだけでも刑事事件として検挙され、再犯なら実刑になる。しかし、不正軽油の製造行為や危険物の保管行為が刑事事件になることは滅多にない。まれに消防法違反での摘発もあるが、不法投棄よりかなり刑罰が軽いため、抑止効果はあまり期待できない。

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