I-Method

アウトローとベンチャー

第3部 ベンチャーによるアウトローの超克
 第7章 価格差戦略
  2 価格差の戦略化

2−1 価格差の戦略化と構造化


 価格戦略は、企業にとって本質的な経営戦略の一つであり、根源的な戦略であると位置付ける経営学者も少なくない。
 価格を市場が決定する市場経済の理論は、証券や素材の市場では通用するが、大半の製品は、それぞれのメーカーやセルラーが戦略的に値付けしている。この価格戦略によって、売上高とシェアが決まり、利益が決まる。
 常識的には低価格は売上高とシェアのアップ、利益率のダウンをもたらし、高価格はその逆の効果がある。利益は売上高と利益率の積で決まる。売り手にとっては利益が最大になる価格、買い手にとっては利益がゼロになる価格が最適価格である。
 しかし、ブランド品、特産品、発明品のように、高価格でシェアを維持する戦略もあり、価格戦略は単純ではない。
 また、製造量はそう簡単に増減できない。シェアアップには設備投資や雇用が必要であり、逆に利益率アップにはリストラやコストカットが必要になる。
 さらに、資金調達先の銀行や投資家がシェアを重視するか利益率を重視するかで、価格戦略も違ってくる。
 このような意味で価格戦略は企業にとって本質的な経営戦略なのである。

 事業者が戦略的に値付けをする結果、市場には複数の価格が並存し、価格差が存在することになる。
 この多重価格差を積極的に演出しているのは、証券市場(株式、国債、社債、債権担保証券など)、外国為替市場、商品市場(原油、貴金属、金属、農産物など)である。
 証券や通貨の価格は、専門家によって値動きが予測されている。しかし、精緻な経済数学によって理論化されているのは、価格ではなく、価格差の動きである。プロの投資家は、価格ではなく、価格差を予測し、価格差による利益を確定する取引を発見する。デリバティブと総称される金融商品は、一言でいえば、価格差の取引であるといえる。もっとも古典的なデリバティブは先物取引であり、現在の価格と将来の価格の価格差を取引の対象としていると言える。さらに将来の価格が上がっても下がってもその価格差を取引するのがオプションである。

 価格よりも価格差が理論化の対象となるのは、価格ではなく、価格差が利益の源泉だからである。
 価格戦略には、高価格戦略と低価格戦略があるとついつい考えてしまうが、どちらの戦略も、価格差に着目していることは同じである。
 高価格を維持するプレミアムには、特許、希少性、ブランド力、デザイン力などがある。
 しかし、成熟した市場ではプレミアムが作れないため、談合やカルテルが高価格を維持するための戦略となっている。
 低価格を実現するにはコストカットのための技術革新やリストラをしなければならない。
 しかし、中国などアジアからの開発輸入によって、国際的な価格差を利用すれば、もっと劇的に低価格を実現できる。
 さらには、偽造、変造、密造も、低価格を実現する戦略であると言える。産業廃棄物の不法投棄や、不正軽油の製造といったアウトロービジネスは、典型的な低価格戦略である。

 このように、高価格戦略も低価格戦略も、結局は価格差戦略であり、合法・非合法のさまざまな価格差の活用方法がある。
 価格差を構造化している業界には、建設業界の下請け構造、製造業界の外注(アウトソーシング)構造、金融業界の二重金利、人材派遣業の二重賃金などがある。
 ヤクザのピンハネも価格差の構造化である。
 商社は、内外価格差など、さまざまな価格差を構造化することで利益を得てきた業界である。中古車市場を代表とするセコハン市場も、価格差を構造化している業界であり、最近はインターネットオークションを活用したセコハンビジネスが急成長している。セコハン価格は、新品価格にも影響を与える。輸入車の中で、ドイツ車の価格が高いのは、性能がいいからではなく、中古車の価格が高いからである。中古車価格は新車価格に減価率をかけて求めるが、逆に中古車価格を減価率で割って新車価格を求めることもできるわけである。減価償却費を損金(経費)に算入できる社用車の場合には、購入価格ではなく、購入価格と中古車価格の差額が重要なのである。

 価格差の戦略化は、高価格と低価格の両方があることによって可能になる。高価格戦略だけでも、低価格だけでもいけない。
 産廃の不法投棄がアウトローのビジネスになるのは、不法投棄が低価格だからではなく、正規の産廃処理が高価格だからである。この価格差が大きければ大きいほど、不法投棄の利益は大きくなるが、実際には市場原理が働いて、価格差は一定に保たれ、正規の産廃処理価格が上昇すると、不法投棄の相場も上昇するという連動現象が見られる。構造化されているのは価格ではなく、価格差なのである。

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