I-Method

アウトローとベンチャー

第3部 ベンチャーによるアウトローの超克
 第6章 アウトロー経済学
  2 経済的アウトロー

2−5 需給ギャップの補填


 このようなオモテとウラの使い分けは、さまざまな分野に見られる。
 政治資金規正法や公職選挙法を完全に守っている政治家がいるだろうか。もちろん、不正が発覚しても、秘書や後援会幹部や政治団体の経理担当者などをスケープゴートにして、政治家本人は知らなかったことにする。連座式に政治家が失脚することもあるが、よっぽどの素人であり、そんな憂き目に会うのはたいてい野党の新人だ。
 もしも法律を守っている政治家がいないのだとすれば、政治家はアウトローに支えられているということになる。
 公共工事の入札談合は違法行為とされている。ところが、かつて公正取引委員会は政治的な圧力に屈して、入札前の業者間の情報交換、すなわち談合を公認したことがあった。建設業界を談合の温床にしてしまったのは、政治家の責任であるが、それにしても公取委が何もしないのは、触れられたくない過去があるからである。
 現在、革新的な自治体を中心に、一般競争入札、インターネット入札を始め、公共事業発注・施工管理業務のアウトソーシングなど、脱談合の試みが同時多発的に行われている。しかし、そもそも公取委がやるべきことをやっていれば、自治体が脱談合宣言などしなくてもいいはずである。こうした議論から、公取委は、存在そのものが忘れられている。

 建設業界では、工事施行能力のないゼネコンが工事を受注し、それを下請け、孫受けに再委託することが慣例化している。
 末端の工事施行業者は、建設業の許可を持っていないこともしばしばあり、さらに現場で働く作業員は、雇用関係の曖昧な日雇い労働者であったり、不法滞在の外国人だったりする。
 このようなアウトローの構造がなければ、日本の建設業界は道路もビルも建設することができないのだ。
 アメリカの建設会社が、建設業界の開放を求めながら、結局日本市場への参入を断念したのは、アウトローの世界を通じなければ、日本では機材も資材も作業員も集められず、船から資材を荷揚げすることすら出来なかったからである。

 政治家へのリベートは、建設業界にはつき物である。田中角栄元首相が、全国の建設業界を談合組織化する過程で、建設工事のリベートの相場を3%に決めたと言われる。これは不動産業界の仲介手数料と同じ率である。このとき、ヤクザのリベートも0.8%に決めたとされる。
 運輸業界や産業廃棄物処理業界は、建設業界と似た構造があり、建設業界ほど露骨ではないものの、政治家やヤクザへのリベートがある。
 建設骨材(砂利や砂)の運搬、建設発生土(いわゆる残土)の運搬をすると、ヤクザに1立方メートル100円のリベートが入る。少ないと思うかもしれないが、海上空港建設のように、1億立方メートルもの土砂が運搬される巨大プロジェクトでは、リベートの額だけで100億円になる。
 関西国際空港では、こうした巨大な利権がヤクザの手に入り、それが関西のヤクザ間の抗争に発展し、あるいは関空がらみの土地や金融のバブルが、その後の関西の低迷の主たる原因になったと言われている。

 羽田空港拡張工事で、メガフロート工法(巨大浮桟橋工法)が有力視されながら、国土交通省が入札条件をゼネコン有利に変更したため、実現しなかったのも、その背景にはヤクザが土砂運搬のリベートを確保するため、政治家を使って圧力をかけたためだったと見られる。

 暑さ厳しかった2004年の夏、羽田空港拡張工事で、国土交通省が入札条件をゼネコン有利に設定したために、鉄鋼メーカーや造船メーカーが期待していたメガフロート(巨大な浮き桟橋)は、入札に参加することすらできなくなったと報じられた。しかし、誰もその理不尽さを公には訴えなかった。ダンプが建設骨材となる土砂、現場を掘削したときに生ずる建設汚泥や建設残土を運搬すれば、1割前後のリベートが仲介者へキックバックされ、それが政治家へ献金されたり、暴力団の資金源になったりする。1億立方メートルもの土砂が動く海上空港建設では、リベートの額は、100億円単位になる。ところが、土砂運搬が必要ないメガフロートでは、このリベートが得られないのである。
 羽田空港拡張工事では、入札条件が発表されるはるか前から、土砂の供給源であると同時に残土の受入先でもある千葉県の丘陵地帯の買占めが始まっており、巨額の利権が動き出していた。造船メーカーが闇の世界に100億円のリベートを払うのならともかく、いまさらメガフロートに入札参加させるわけには行かなかったのである。東京都の首都圏再生プロジェクトでは、羽田空港拡張工事は桟橋方式で行うと明記されていた。メガフロートのほうが工費も安く、工期も短く、東京湾の環境への影響も小さく、千葉県の山を切る必要もなく、ヤクザの利権も少なく、いいことづくめである。不安材料は鋼材の値上がりだけだった。だが、建設業界の内情に誰よりも詳しいはずの石原知事は、都の計画があっさり反古にされたのに異を唱えなかった。東京湾横断道路でも、関西空港でも、多量の土砂が必要な事業では、同様の利権が当然動いたと推定される。沖縄の普天間基地の移転で、メガフロートが夢に終わってしまった背景にも、この工法を普及させない圧力があったのかもしれない。

 産業廃棄物処理の処分にかかる仲介料(リベート)は、1立方メートル500円(比重0・5として1トン1000円)である。100万立方メートルの最終処分場では、仲介料の総額だけで10億円になる。このほかに、処分場の設置許可をめぐっても、巨額の仲介料が動いている。
 産業廃棄物の不法投棄でもヤクザにリベートが入る。不法投棄の相場は1立方メートル1000円であるが、ヤクザの関与の度合いによって、200〜500円のリベートが入る。
 こうした産廃処理や不法投棄のリベートの一部が、政治家に還流している場合もあり、逆に政治家が資金を提供している場合もある。
 偽造カード、偽造回数券などは、偽造とわかっている場合には額面の5%程度で取引されるが、偽造とわからない場合には、額面の60%程度の値がついている。こうした偽造カードの流通にも、政治家やヤクザへリベートが支払われている。
 仮にリベートを平均を3%、リベートの支払われる取引をGDPの50%の250億円とすると、7兆5千万円がリベートの総額ということになる。これはトヨタの売上高に匹敵し、あるいはデーパート業界や産業廃棄物処理業界の市場規模に匹敵する額である。

 日本は世界一の貿易黒字国であり、それは世界一の貯蓄国であることを意味している。マクロ経済学的には、国際収支の黒字額と国民の貯蓄額は等しくなるはずであり、さらに貯蓄額と投資額も等しくなるはずである。
 理論的にはそうでも、1400兆円ある個人の金融資産を、投資とバランスする仕組みは単純ではなく、現実の資本市場では、資金の余剰と不足、あるいは金余りと貸し渋りが同時に生じ、需給はバランスしないのである。
 アメリカで主流となっている株式や社債の発行による事業資金の調達(エクイティブファイナンス)を直接金融と言うのに対して、銀行預金を原始とした日本で主流の事業資金調達を間接金融と言う。
 日本の間接金融では、銀行は、預金獲得能力が高いが、それ以外の金融機関は、銀行から資金調達しなければならない。
 銀行預金は、傘下の信用金庫、信用組合、商工ローンなどに貸し付けられ、そこからさらにサラ金や街金(手形割引金融業者)に貸し付けられ、そこが銀行からは融資を受けられない中小企業や消費者の資金需要を満たす仕組みである。
 この複雑なシステムによって資金の需給をバランスさせる過程には、さまざまな金融アウトローが侵入する余地がある。
 それが多重債務者をたらい回しにするシステム金融に代表されるヤミ金である。
 しかし、ヤミ金がはびこるのは、需要があるかぎり、供給があり、供給があるかぎり、需要があるという、原初的な自由主義経済がそこにあるからである。
 トイチ(10日1割)、トサン(10日3割)、トヨン(10日4割)、イチイチ(1日1割)などと言われるヤミ金の利息は、単なる利息制限法、出資法違反の犯罪であると同時に、資本市場の末端でおこっているぎりぎりの経済現象と見ることもできる。
 借りたお金の額と貸したお金の額が等しいというのは、理論的には自明のことである。しかし迂回融資、不良債権飛ばしなど、さまざまな金融アウトローの手口を使えば、実際はお金を借りているのに、帳簿上はお金を貸したことにもできる。
 こうしたアウトローの手口も含めて、マクロ経済学的には需給は常にバランスしているように見える。それは倒産寸前の会社でも銀行でも、貸借対照表の左右には同じ金額が載っているのと同じである。
 しかし、その表面的な需給バランスの水面下では、アウトローが社会システムの体面を保つために、需給ギャップを埋め続けているのである。

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